Camelot English Study Centre(キャメロット英語塾)のblog

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ベイビー&幼児たちの優れた能力

ベイビー&幼児クラスがある度に毎回驚かされるのが、このクラスの生徒たちの発音の能力です。
ネイティブ講師の音をそのまま再生しています。

これを実際に見てしまうと、やはり英語は早期に始めた方が良く、発音のきれいなネイティブ講師に習うのが一番のような気もします。

英語早期教育についてはいろいろと議論がなされ、必ずしも早い方がよいとは限らないと言った意見も多いようですが、英語の発音(音)に関して言えば、音楽の「絶対音感」のように早くから英語を始めた方が英語の「音」は正確に身につくのかもしれません。

「西の森の魔女が死んだ」に出演していたサチ・パーカーさんが映画で披露した日本語ですが、両親ともアメリカ人で、日本に住んでいたのは6-12才までにも関わらず、とてもきれいな日本語でした。

やはり、子どもの頃の経験は重要なのかも、と再考しています。

ネイティブ講師から英語を習う必要は?

これはもちろん「Yes!」
よく日本人英語講師に多いのですが、ネイティブ講師から英語を習う必要はない、という人。
これはある程度いえているのですが、文法などを説明するのにはやはりネイティブ講師だけですとネイティブ講師の言っていることがわからないまま、レッスンが終わってしまう、ということがあります。
こういった場合は日本人講師の日本語による解説が力を発揮します。

ただ日本人講師ではなかなかカバーしきれないのが、英語を理解する上でかかせない、基本な文化的な知識、慣習、そして英語のパラ言語です。

基本的な文化的な知識というのは歳時の面とかマナー、食生活の文化、慣習などの面。これは英語圏の人間だからこそ、知らず知らずのうちに身についている部分がたくさんあります。

例えば、「鼻をすする」。日本では公衆の面前で鼻をかむことをためらって、グスグスと鼻をすする人がいますが、これは欧米、特に中流クラス以上ではご法度のことになります。すぐさま、鼻をかむか、そもそも人の集まるところにそんな状態でこないことが一般的なルールになります。

日本人講師の中には英語はできるけど、心底日本人という人も多く、こういった文化面まではなかなかカバーしきれないので、いいネイティブの先生につくと、将来国際的な舞台で困らないマナーが身につきます。

ネイティブ講師には、ネイティブならではの発音、イントネーション、パラ言語だけでなく、英語圏の人間としての文化があることをお忘れなく。

英語を話せるようになるためには最低2,000時間必要?

英語を話せるようになるためには最低2,000時間必要?・・・実はもっと必要なのです!

日本では英語を話せるようになるためには最低でも2,000時間は必要といわれています。でもこれはあくまで最低(「カタコト」)レベルであって、世界各国で行われている「イマージョン・プログラム(学校教育の中で母国語以外の他言語を学習するバイリンガル教育)」では1つの言語を履修するのには最低でも5,000時間は必要とされています。

例えば、カナダでは英語とフランス語のイマージョン・プログラムがすでに40年近く実践されていますが、オタワなど大都市部のイマージョン・プログラムでは5,000時間では到底ネイティブレベルに到達しない、ということで7,000時間をかけてこのプログラムを実施しています。これを日本の学校教育にあてはめると、なんと1週間17時間の英語の授業を12年間(小学校から高等学校卒業まで)こなす計算になります。英語とフランス語といった似通った言語間でさえ、お互いの言語をこれだけの時間をかけて学習しているのですから、語源も文法も異なる日本語を日常使っている日本人が、なぜ中学校から高等学校卒業まで6年間英語を学習しても話せるようになれないかおわかり頂けると思います。英語の学習時間が全く足りていないからなのです。

日本の現在の公立校の英語教育の場合、文部科学省の統計によると全国平均で、小学校で18時間(小5、小6の2年間)、中学校で266.7時間、高等学校で361.7時間、合計646.4時間を英語教育にあてています。カナダの最低ラインの5,000時間には到底およびません。また仮に小学校1年生から6年生まで週1時間、中学校で週3時間、高等学校で週5時間学習したとしても、高校卒業までの累積学習時間は1,050時間にしかならず、5,000時間どころか2,000時間にも遠く及びません(年間35週で計算)。これを補うため、週1回1時間英語教室に小学校1年生から高校3年生まで通ったとしても加算される英語学習時間は576時間(1時間×4回/月×12ヶ月×12年間)で、先ほどの学校教育の英語学習時間1,050時間と合算しても、たったの1,626時間です。

私達が英語が話せない理由としてよくあげる理由に、「文法ばかりやっていたから」、「ネイティブと話したことがなかったから」というものがありますが、これは正しい理由とは言えないでしょう。世界の実情を見ると、「学習時間が少なかったから」と言うのが正しい理由と言えます。私達の言語、国語(日本語)で考えてみてください。日常生活で常に耳にしている日本語ですら、学校であれだけの時間を費やして勉強をしています。英語を身につけるためにはそれ以上の努力が必要ということです。

今の学校教育の英語だけでは例え小学生から英語を始めても履修時間数があまりにも少ないので英語を自由に使いこなすレベルになるのは難しいでしょうし、たとえ英語教室に行っていても家庭学習無しでは結局英語がよくできないままで終わるでしょう。 以上の理由から、当塾では家庭学習(宿題)を毎回出しています。週1時間の塾の勉強だけでは英語はなかなか上達しません。いろいろお忙しいかと思いますが宜しくご協力をお願いいたします。(Satoe)

家庭学習について

先日、英語教授法のセミナーに出席していてハッとさせられたことがあります。それは家庭学習の大切さです。

週1回60分のレッスンを1ヶ月に4回受け、それを12ヶ月続けたとします。この場合、年トータルのレッスン時間は48時間。なんとちょうど丸2日しかありません。丸2日で英語がペラペラ話せるようになるか、というとそれは無理な話です。大抵の場合、生徒は教室をでた後、次のレッスンまで、まず英語にふれる機会なくすごすことが多いでしょう。

そこで重要になってくるのが復習を兼ねた家庭学習です。毎日行えば行うほど習ったことが定着し、どんどん上達するようになります。また、毎日宿題をこなすことによって嫌でも英語にふれることになるので、前のレッスンから次のレッスンまで一度も英語の勉強をしなかった。ということもなくなります。

私共の塾ではほぼ毎回宿題を出しますが、それはこういった理由からです。なれないうちは宿題が辛いかもしれませんが、なれてくるとあっという間に終わります

なぜ英語が話せないの?

日本人は英語が苦手だと思っていませんか?
また学校で習った英語は役に立たないと思っていませんか?

そんなことは全くなく日本の学校英語教育はかなり良いものです。
私の場合、学校の英語の授業で基礎的な英文法をちゃんと習っていたので、それを応用し、英語が話せるようになりました。

とても難しい英語の文法まで学校で習っているにもかかわらず、日本の多くの人が英語が話せない理由は、英語で自分の気持ちを表現する授業が少なかったからだと私は思っています。
自分の気持ちを表現=「書いたり」「話したり」する授業があまりにも少ないので話せないのです。

英会話はネイティブの先生に習えさえすれば上手くなるものではありません。
文法も単語も十分でない状態で英会話のレッスンをしても、ブロークンなまま、赤ちゃんが片言を話す程度のレベルからいつまでたっても抜け出せないでしょう。
会話をするということは、相手の言っていることを理解し、それに対する自分の返答の文章を頭の中で素早く組み立て話す、といった論理的な作業を行うことです。それには、やはり単語と文法の力が必要になってきます。ネイティブの子供を見ても、最初は単語1語、それから主語(S)、述語(V)だけのSV型の非常にシンプルな文章、そして大きくなるに従ってその文章に目的語が入りどんどん複雑な文章になっていく、という過程をたどっています。

また私たちが思っている以上に、英語圏の子供たちは学校の国語(英語)の授業で「読む」、「書く」、「話す(討論する)」という授業をたくさん行っています。英語圏の子供たちでさえ、たくさん行っているこの授業を日本の英語の授業ではほんの少ししか行っていないのですから英語が話せないのも無理もないかもしれません。

日本人は「ひらがな」、「かたかな」、「漢字」といった三種類の異なる文字を日常的に操っており、言語能力は高い、という説もあります。
日本人の子供は日本語を覚えてきたような過程で英語を学ぶことで英語に堪能になりますし、日本人の大人はすでに日本語を流暢に話し、基礎的な英文法は学校で習ってきているのですから、それを応用し、語彙、構文を増やし、表現を練習することで同じく英語に堪能になれると思います。「遅すぎる」なんてことは決してありません。むしろ、子供より物事を論理立てて考えられる大人の方が有利に学習できると私は思っています。

外国語だけでなくどんな学問でも習得するのに必要なことは、正しい手順での学習、そしてその学問に対して興味を持って取り組むことです。
どんなに正しい手順を踏んでも興味のないことは習得するのが難しいでしょう。